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東京高等裁判所 昭和59年(行コ)61号 判決

控訴人

関東郵政局長森本哲夫

右訴訟代理人弁護士

落合修二

右指定代理人

谷口悟

外一一名

被控訴人

土屋直

右訴訟代理人弁護士

古屋俊仁

水上浩一

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、原判決事実摘示並びに原審及び当審における書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれをここに引用する。

理由

一被控訴人の経歴と本件処分の存在

被控訴人は、昭和三四年一一月二日、山梨県北巨摩郡須玉町所在の多麻郵便局に事務補助員として採用され、臨時補充員、事務員を経て、昭和四〇年一〇月一日、郵政事務官となり、昭和五〇年八月から郵便保険の外務事務に従事していたところ、控訴人は、昭和五五年五月一三日付けで被控訴人を懲戒免職処分(本件処分)にしたが、その処分理由は、被控訴人が、右事務に従事中、昭和五四年一一月一五日、自己取扱いにかかる局外払渡しの満期保険金三二万五八三〇円を横領したことであり、これは国家公務員法九八条一項及び九九条に違反し、同法八二条各号に該当するというのである。以上の事実は当事者間に争いがない。

二処分理由に該当する事実の存否

1  〈証拠〉を総合し、弁論の全趣旨を併せ考慮すれば次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、昭和五四年一〇月二六日、山梨県北巨摩郡須玉町御門居住の藤森守男宅において、同人の妻文子から同年一一月一二日に満期となる藤森守男を保険金受取人とする簡易生命保険(保険金三〇万円、学資保険、保険証書記号〇八 二五 〇七八五二五三号)の満期保険金等の局外払渡し方を依頼され、右文子に対し同年一一月一五日にこれを払い渡す旨約定した。

(二)  その際、被控訴人は、右文子から右保険の保険証書及び保険料領収帳を預かつたが、同人に交付すべき保険証書等受領証は同人の依頼に応じて被控訴人において保管することとして右文子に引渡さなかつた。帰局後、被控訴人は約束した期日である一一月一五日に局外払渡しができるよう内務の担当者に保険証書等受領証原符、保険証書及び保険料領収帳を提出したが、保険証書等受領証は自己専用の机の引出しに保管した。

(三)  被控訴人は、昭和五四年一一月一五日午前九時半ごろ、出納官吏である多麻郵便局長山口由喜男から、藤森守男に支払うべき満期保険金等三二万五八三〇円(保険金三〇万円、剰余金二万五八三〇円の合計額。以下「保険金」という。)を局外払渡し金として保険金支払明細書とともに交付を受け、九時五〇分ころ須玉町御門、和田、黒森方面の保険料及び積立郵便貯金預入金の集金事務等を行うため出発したが、御門の藤森宅を訪問しないまま、上記保険金の局外払渡し事務は行わず、午後四時ごろ帰局した。

(四)  被控訴人は、帰局後、保険主任(取りまとめ出納員。以下同じ。)に返付すべき局外払渡し未済のため持ち戻つた上記保険金を保険主任である宮崎秀也に返付することなく、保険金支払明細書とともに右保険金を自己専用の机の引出しに入れた。

(五)  ところで、局外払渡しのために交付を受けた保険金等は、その受取人に即日払い渡すか、払渡しができずに持ち戻つたときは保険主任に返付することと定められていたところから、被控訴人は、前記のように自己が保管していたフジモリモリオあての保険証書等受領証の下欄(同受領書の上欄は、郵便局が保険金等受取人から保険証書等の提出を受けた場合に、郵便局が提出者に交付する受領証であるが、その下欄は、局外払渡しの場合に保険金等を受領した者が署名押印して郵便局に交付する保険金等の受領証となる仕組みとなつている。)に、保険金の受取人である「藤森守男」が署名押印すべき受領者欄に勝手に「藤原守雄」と記入した上、たまたま保険金受取人と同姓であつた同郵便局主事藤森和治から、その事情を告げることなく、同人の印章を借用して押印し、受領金額を三二万五八三〇円、受領日を同年一一月一五日と記入し、同日保険金の受取人において右金額の保険金を受領した趣旨の虚偽の記載をなし、また自己の局用現金出納簿にも同日右保険金を払い渡したように虚偽の記載をして、右保険証書等受領証を内務の担当者に引き継いで午後五時一五分ころ退局した。

(六)  被控訴人は、翌一六日には須玉町神戸地区及び御門地区方面に翌一七日には同町平地区方面に赴き集金事務等を行い、同月一八日は日曜日で翌一九日は年次有給休暇を取つて休んだが、その間上記保険金を藤森守男宅に持参せず、同月二〇日午前八時ごろ藤森文子から催促を受けたため、同日午前一〇時半ごろ同人に対し藤森守男宅において上記保険金として三二万五八三〇円を保険金支払明細書とともに支払つた。

(七)  保険金の局外支払いに関しては、「保険金の局外支払の取扱いについて」と題する通達(昭和三七年六月一二日付け局保業一第二一九八号)(乙第一三号証)及び「保険金の局外支払いにかかる持ちもどり金の取扱いについて」と題する通達(昭和四五年二月二〇日付け局保業一第一七七号)(乙第二〇号証)があり、これらによると、「加入者から保険金の局外支払いの申し出があつたときは、保険金の支払いに必要な書類を差し出させ、これを預つた証拠として保険証書等受領証を請求人に交付すること、外務員は、帰局後、保険証書等受領証原符と請求者から受領した書類を保険主任に引き継ぐこと、保険主任は、外務員から引継ぎを受けた書類に相違がないことを確めた上、払渡しが完了するまでこれを保管すること、外務員が保険金を払い渡そうとする場合は、外務員が保険主任から保険金支払明細書の交付を受け、現金は保険主任を通じて出納官吏から交付を受けること、外務員が保険金を受取人に払い渡す場合は、保険証書等受領証の余白に受取人自身に受領年月日と受領金額を記載させ、記名押印させた上、これと引換えに保険金明細書を添えて現金を払い渡すこと、外務員は、帰局後、現金払渡し済みの保険証書等受領証を保険主任に引き継ぐこと、外務員は、受取人が不在等のため、払い渡すことができなかつた現金を持ち戻つた場合には、保険主任に返付すること、外務員が翌日以降持ち戻り金を受取人に払い渡す場合には再度保険主任から交付を受けること、外務員は、保険金の支払い請求又は受領について、受取人から委任を受けてはならないこと。」と定められている。

また「保険年金犯罪の防止について」と題する通達(昭和五三年一二月二〇日付け関保業第二七七九号)(乙第一四号証)があり、これによれば「局員は、事務に支障のない限り、契約者の依頼に応じ各種書類を代書することができるが、契約者の氏名は真にやむを得ない理由がある場合を除いて本人に記載させなければならないことになつているからこれを厳守すること、契約者等の認印はいかなる場合でも本人に押させること。」と定められている。

(八)  被控訴人は、昭和五五年三月一五日、横領の容疑で主として関東郵政監察局甲府支局の郵政監察官篠塚利男の取調べを受け、同日午前中に「被控訴人は、昭和五四年一一月一五日、給料日前であつたので(給料日は同月一七日である。)、小遣銭に困り、悪いとは知りながら、藤森守男に交付すべく預り保管中の前記保険金を同人に交付したように工作して自己専用の机の引出しにしまい込み、そのうち約三万円を自己の小遣銭等に費消したが、同月二〇日には残余の保険金に費消した約三万円を自己の金で補てんして総額三二万五八三〇円を同人に交付した。」旨の供述をなし、即日、その趣旨を記載した始末書(乙第一号証)を多麻郵便局長あてに提出し、昭和五五年三月一六日にも、前記郵政監察官に対し、更に詳細に同旨の供述をした。

以上の事実を認めることができる(なお、右認定事実のうち、原判決理由二1記載の事実は当事者間に争いがないので、その記載部分を引用する。)。右認定に副わない〈証拠〉はたやすく採用することができない。

2  以上認定の事実によれば、被控訴人は、昭和五四年一一月一五日、多麻郵便局長山口由喜男から藤森守男に払渡すべき保険金三二万五八三〇円を業務上預つたが、同日は同人に払い渡さずに持ち戻つたのであるから、保険主任である宮崎秀也にこれを返付すべきであるのに、保険証書等受領証下欄に勝手に藤森守男の作成すべき受領証を作成し、かつ、自己の局用現金出納簿にも右保険金を同人に払い渡した旨の虚偽の記載をして、右払渡しを仮装し、右金員の一部を一時小遣銭として借用する目的で、保険金全額を同局内にある被控訴人専用の机の引出しにしまい込み、着服横領したものといわざるをえない。

なお、右金員の一部を借用する目的であつても、被控訴人の右所為は、特定の一部についてのものではなく、右金員全体についての不法領得の意思の発現とみられる所為であるから、その全額につき横領があつたものというべく、また、後日借用した金額に相当する金員を補てんする意図があつたとしても、右の着服横領の成立を否定することはできないのである。

3  ところで、被控訴人は、上記保険金を横領したものではない旨主張し、その理由として、(一)外務事務員が局外払渡しをすべき保険金を持ち戻つた場合に、前記の通達に定める方法によるときは、右保険金を一たん保険主任に返付し、翌日以降右持ち戻り金を再度保険主任から交付を受けるべきことになつているが、その手続は、相当手数のかかる手続であるから、これに代えて保険証書等受領証の上欄に払渡しをすべき相手方の署名押印を代行して局に提出し、自ら保険金を保管する方法が従来よく利用されており、被控訴人は右の簡便な方法をとつたにすぎないこと、(二)被控訴人は、昭和五四年一一月一五日、本件保険金を藤森守男宅に持参したが、同人宅には老齢で脳軟化症である同人の母しか在宅していなかつたので右保険金を持ち戻つたこと、(三)被控訴人は、同月一六日から同月二〇日までは右保険金を藤森守男宅に持参すべきことを失念していたこと、(四)被控訴人は、同月一七日の給料日に給料一六万六〇〇〇円を現金で受領している上、被控訴人名義の郵便貯金、被控訴人の父名義の農協預金があり、いずれも被控訴人が自由に出し入れすることができ、その額は本件保険金の額を越えるものであつたこと等を主張し、〈証拠〉には右(一)ないし(三)の主張事実に副う記載部分及び供述部分が存在するが、これらはいずれもたやすく採用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、右主張は採用することができない。付言するに、右(一)については、〈証拠〉によれば、多麻郵便局においても前記認定の通達に定められたとおり、持ち戻り金を保険主任に返付する方法がとられていたことが認められるのであり、また、一たん返付して後日再び交付を受けることはさして手数のかかる手続ということもできない。次に、(二)については、被控訴人は、原審において、その主張の日の午前一〇時半ころ藤森守男宅を訪問した旨供述し、甲第二一号証にも同旨の供述記載があるが、これは、藤森守男の妻文子が同日の午前中は右守男宅に在宅していた旨の前記甲第一九号証の供述記載に照らしてたやすく採用しえない。(三)については、被控訴人の職務からみて、保険金の支払を五日間放置した理由を同人の失念に求めることは首肯しえないばかりでなく、〈証拠〉によれば、被控訴人は昭和五四年一一月一六日にも藤森守男宅のある須玉町御門地区を訪れていることが認められるのであるが、それにもかかわらず、同町に居住する被控訴人が同月二〇日に至るまで藤森守男宅に本件保険金を持参していないことも理解しがたいところである。そして、(四)については、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人が同月一七日給料一六万六〇〇〇円を現金で受領したこと、被控訴人の父土屋陽の須玉町農業協同組合に対する営農生活貯金が同月一五日現在で二四万五六四一円あつたことを認めることはできるのであるが、その余の主張事実に副う〈証拠〉はたやすく措信しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、右認定事実からは、被控訴人の前示横領を否定することはできない。

4  次に、被控訴人は、(五)同人が保険証書等受領証の下欄に前示のとおり「藤原守雄」と誤記入し、藤森主事の印を借用して押捺したのは被控訴人に不法領得の意思がなかつたことの現れであり、(六)同人が藤森守男の妻文子とは親しく、昭和五四年一一月末には藤森守男宅に別口の保険料の集金に行く予定であつたことも横領を否定する資料である旨主張するが、これらによつては、被控訴人の前示横領を否定することはできない。

5  更に、被控訴人は、(七)前示のように、被控訴人が横領を自白したのは、郵政監察官の威嚇、怒号、甘言による取調べの結果であり、その内容は虚偽であり、特に横領金の費消事実についての自白は後に虚偽であることが判明した旨主張する。

まず、郵政監察官の取調べについて検討するに、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人に対する取調べは昭和五五年三月一五日から同月二四日までの一〇日間のうち、七日間にわたるものであつたが、被控訴人の前示の自白は第一日目の三月一五日午前一〇時半ごろであつて、同日の取調べに入つてから約一時間経過した時であつたこと、右取調べは被控訴人の身柄を拘束せずにされ、右自白は任意に素直にされ、費消の額が約三万円である旨の供述も被控訴人から言い出したものであること、同日及びその後の取調べの際その衝に当つた郵政監察官に威嚇、怒号、甘言その他不穏当な行為はなかつたことが認められるのであつて、右認定に副わない〈証拠〉はたやすく措信しがたい。

もつとも、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は郵政監察官に対し横領金のうち約三万円の使途として、昭和五四年一一月一五日か同月一六日に有限会社雨宮商事からカセットテープ二個を三五〇〇円で、その二、三日後に宮崎石油店からガソリン約二〇リットルを三一〇〇円でそれぞれ購入し、同月二〇日山梨ナショナルクレジット株式会社にステレオの月賦金五八〇〇円を郵便振替で払い込み、残余の約一万八〇〇〇円はたばこや飲食に費消した旨を供述したが、右ステレオの月賦金五八〇〇円の支払はあつたものの右横領金の一部をもつて支払に充てたものかどうか明らかでなく、その他の具体的使途についてはこれを裏付けるに足る証拠は得られなかつたことが認められるのみならず、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人が有限会社雨宮商事からカセットテープを購入したことはないことが認められる。なお、〈証拠〉及び前記本人尋問の結果のみによつては、被控訴人が宮崎石油店からガソリンを購入しなかつたとまで断定することはできない。右認定判断したところによれば、被控訴人が自白した約三万円の具体的使途については、明らかにならなかつたものといわなければならない。

しかしながら、その具体的な使途が明らかにならなかつたことから、ただちに被控訴人の自白がすべて虚偽のものということはできないのであり、被控訴人が何故に右のような自白をするに至つたのかが究明されなければならないのであるが、郵政監察官の威嚇等による取調べの結果である旨の被控訴人の主張は採用できないことは前示のとおりであり、また、〈証拠〉中には、被控訴人は気が動てんし、三万円位の費消であれば赦されると思つて虚偽の自白をした旨の供述記載部分があるが、横領容疑で取り調べを受けている場合に、右の理由だけで保険金の横領とその一部の費消を虚偽であるにもかかわらず自白するとは思われず、右記載部分はたやすく採用することができない。

したがつて、被控訴人が虚偽であるにもかかわらず、前示の自白をしたことについて首肯しうべき理由を見出すことはできず、結局右の自白は、横領金の具体的な使途の一部の点を除き、虚偽とすることはできないものといわなければならない。

6 以上のとおりであるから、被控訴人は、前記2で判断したとおり、本件保険金を着服したものというべく、右所為は、国家公務員法九八条一項、九九条に違反し、同法八二条各号に該当するものといわざるを得ない。

三懲戒権濫用等(再抗弁)の成否

被控訴人は本件行為は横領ではなく、仮に横領に該当するとしても軽微な事件であるから本件処分は重きに失し、懲戒権の濫用であり、また、起訴、不起訴の結果もまたずに懲戒免職処分がされたことも懲戒権の濫用であり、違法である旨主張する。

しかしながら、郵政事業は公金その他金銭の取扱いを業務内容としているという性格、特質を有する国営事業であり、被控訴人のような外務事業に従事する職員は、勤務時間の大部分を管理者の直接の監督を離れた郵便局の局舎外において勤務し、自らの判断と責任により、独立して担当事務を処理するということは公知の事実であり、右のような職務の特質からみて自己の保管する金銭に対する厳正な取り扱いが要求され、いやしくもこれを領得するがごときは厳に戒められなければならないところ、被控訴人も前記のとおり長く郵政省職員として勤務していたのであるから、右の如きことは十分認識していたものと推認することができる。

したがつて、被控訴人は本件の保険金を着服した後、五日後にはこれと同額を請求人に交付しており、実害はなく、費消した金額が約三万円にすぎず、その使途も明らかでないという被控訴人の主張の諸事情を考慮に入れても、これをもつて、本件処分が重きに失し、懲戒権の濫用があるとすることはできない。また、〈証拠〉に現われた郵政職員に対する他の懲戒事例と比較して公平を失する不利益な取扱いであるとすることもできない。また、控訴人が本件懲戒免職処分を起訴、不起訴の結果をまたずにすることは、同人の裁量権の範囲内の行為であつて、これをもつて懲戒権の濫用であり、違法であるとすることもできない。

よつて、右再抗弁は採用することができない。

四以上認定判断したところによれば、本件処分は適法であり、被控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柳川俊一 裁判官近藤浩武 裁判官三宅純一)

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